子連れフランス旅行の悩み

今回は、小学生を連れてフランスに行くにあたって、色々思案した事柄について書きま~す。

私と夫はそれぞれ学生時代や出張で、パリを数回訪れたことがあったものの、その他の地方に行くのも、子連れで行くのも初めて。海外旅行関連サイトで情報を探すと、おフランスならではの注意事項もあって悩みました。

アメリカなら事情が分かるんだけどな~と思っていたら、アメリカ駐在時代の知り合いで、フランスでの駐妻経験もあるNさんと偶然会う機会があり、指南してもらえました。

「私たちが一番困ったのはレストラン。フランスは犬は入れても、幼児はだめだから・・・。フランス人は、ゆ~っくりメニュー選んで、ゆ~っくり料理が運ばれて、2時間くらいかかるしね」・・・確かに、人間の2、3歳児よりも、しつけの行き届いた犬の方がお利口である。(Nさんのお子さんは、フランス在住時にまさにこれぐらいの年齢だった)

「子供の服装ね~、お洒落だよ~。フランスでは、子供でも革靴はいてるし」・・・げげっ! 子供に革靴とな!? 我が家の日常生活にはいらない。卒業式まで、まだまだあるしな~。

その他細かいことまで教えてもらって大いに助かったのだけど、悩みも深まってしまった。・・・で、結局私たちはどうしたか?

子供の靴は、クロックスとスニーカーにしました。もし浮いて恥ずかしいようなら現地調達だいっ! でも、蓋を開けてみると、フランスの子供たちも夏場だからか、サンダルやスニーカーだった。クロックスをはいている子も結構見かけました。ちなみに、トゥールのカルフールにクロックスが売られていたけど、39ユーロもして高かった~。日本では、定番のはかなり値が落ちてるのに・・・。

レストランもさすがに9歳なので、食事中じっとしていられないということもなく、大丈夫でした。もちろん高級店には行ってませんが・・・。例のNさんから、「子供定食( menu d'enfant  だったっけかな)があるお店なら、子連れで入店しても嫌な顔されないよ」と聞いていたので、実行。(←観光地ならわりとあった) ただ、旅行の最初の方は、時差もあって最後のデザートまで息子は起きておられず、クレム・ブリュレは父のお腹に・・・。

アメリカ人と違って、フランス人はわりと身ごなしがテキパキしている人が多く、給仕も決して動作が遅いわけではないのだけど、食事時間が本当に凄い長くかかってしまう。「うちは早く食事できます」とポスターを掲げているファスト・フード店を見かけると、その名前のまんまだけど確かにそれはセールス・ポイントになるよ、と思ってしまった。

最後に、ギャラリー・ラファイエットで売っていた女児用ワンピースたちの愛らしいこと。着易そうだし、バーゲンで安くなっていたから思わず買いそうになってしまった・・・。いかん、いかん、我が家に娘はいないって。

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さよなら、パリ。またね!

フランス縦断グランドツアー9・10日目

半日ほどパリ → 日本

いよいよ最終日。2時半には、空港バスに乗るという予定だったので、これまであまり出来なかったお買い物をすることに。

Pict0359 その前に、エッフェル塔へ行きました。シャイヨー宮から眺めるエッフェル塔は、大好き。個人的には、何度パリに来ても、来たくなる場所。

シャイヨー宮の道路を挟んで向かいにパッシー墓地があって、ここにあるドビュッシーのお墓参りに行きたかったのだけど、またまた時間がなく断念。次回に期す。(あるのか?)

次に、シャンゼリゼでお買い物。なかなか決まらなかった母へのお土産をようやくゲット!

化粧品チェーンのセフォーラでも少しだけ。旅行前にフランス政府観光局のサイトで、このお店のクーポン券をプリントアウトして持って来ていたのだけど、20%オフにも関わらず、成田の免税店の方が安かった。出国時に欲しい化粧品をあらかた買っておいて良かった~。(ほんとヨーロッパは物価が高い。為替相場にもよるんだけど・・・・)

お昼はファーストフードで済ませることにしたのだけど、トレイをもって席を探している私たちに、「アッチノホウガ、スイテルヨー」と日本語で声をかけてくれたおじさん。どうもでした。

郵便局で、アメリカのフランス好きの知人と「ご自宅用」に絵葉書を出して、すべての用事終了!

ホテルに戻って預けていた荷物をピックアップして、空港バスに乗る。車窓からパリの美しい街並みを見ながら、子供と「また来れるかな~?」と言い合っていたが、中心部から遠ざかりエッフェル塔がはるか遠くに眺められる頃になると、子供も寝てしまって、ちょっと脱力。

空港の搭乗待合ホールには、大きなプレステが置いてあり、息子はたっぷり1時間遊ぶ。(また!) 軽食を摂ったスタンドがアメリカ行きの便の搭乗口の近くだったのだけど、そこにいる女性のバッグがみんなCOACHなのが面白い。日本行きの搭乗口付近はブランド品の大きなショッピング・バッグを肩から提げた人が多いな~。

さて、飛行機に乗り込み、フランスの地を飛び立つと、気分は「往路に見られなかった映画を見るぞ~モード」に。ところが、ちょうど夕方の便だったので、一回目の食事を終えると、睡魔が襲ってきました。

「ちょっとだけ寝よう」と思ったら、そのちょっとがちょっとで済まなかったみたいで、次に目覚めると、もうセカンド・ミール! 「うっそ~! もうすぐ成田!?」 食事の前後に貪欲に映画を見るも、やがて、「皆様。当機はこれより○○分で・・・」と「着陸もうすぐアナウンス」が・・・。無情にも只今をもってすべての機内娯楽サービス(ちゃんとした名前があります)を終了しますとのアナウンスが続いた。(嗚呼。機長、プリ~ズ・・・)

結局、帰りは映画を小一時間ほど見ただけで、成田に着いてしまった・・・。成田の外気は、湿気は多いけど、思っていたほど暑くなく、ホッ。しばらくぶりのアイスコーヒーに舌鼓をうちつつ、家路についたのでした。

Fin

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ルーブルとガルニエで目が金きらりん

明日(8/21)は、NHKのBSハイヴィジョンで、ルグリのドキュメンタリーと「ドンQ」が放送されますね~。楽しみです! そのルグリの活躍した(これからもする)オペラ座に初めて行ってまいりました。(見学だけね)

フランス縦断グランドツアー 8日目

終日パリ

さて、この日から車がないので地下鉄で動きます。ホテルの側の地下鉄の駅で回数券を買い、ルーブル美術館に出発!

夫はルーブルに来たことがあるんだけど、息子と私は初めてなので行ってもらいました。「なんでパリに来たことあるのに、ルーブルに行ってなかったの?」と夫。だって、前回パリに来た時は、オルセー美術館ができて数年という頃で、あっちの方がホットな場所だったのよ~。(恐ろしいぐらい昔だ~)

さて、開館すぐのルーブルは既に人が大勢おしかけ、中に入ったら人々が激流のように「サモトラケのニケ」に向かう。そこから「モナリザ」へと有名どころへ道順案内されている。

素晴らしい美術品もさることながら、建物の内装も豪華絢爛。半日で全部見るのは不可能なので、絵画を中心に見ました。ドラクロワのショパンの肖像画を拝み、フラゴナールの「閂」のりんごを見て喜んでおりました。(06年の世界バレエフェスでルグリとデュポンが踊った「扉は必ず・・・」の元絵) 「閂」はとても小さい絵だった・・・。

ここで感心したのが、最近のガイドさんの持っているマイク。モン・サン・ミッシェルでも日本人ツアーのガイドさんが使っていたのだけど、ガイドの説明をお客さんはイヤホンで聞けるようになっているみたい。これだと、ガイドはつぶやくように話すだけで、周りに迷惑がかかりませんね~。お客さんもザワザワした中でもちゃんと説明聞けるし。ルーブルは各国の団体さんが多かったけど、このマイクを使っているのは、私の見た中では日本人と中国人のツアーだけだった。いつぐらいからこんなマイク使ってるんだろ。

お昼は久しぶりにお米を食べようということになって、(いえ、旅行中もパエリアとか日本から持ってきたインスタントの釜飯とか食べてましたが・・・)、中華か和食かの選択に、息子が「日本食を食べさせてください~」ときた。「へ?」まさか口がホームシック? ラーメン店に入っても、「お漬物食べた~い」とな。これには意外だった。(子供は洋食好きと思いこんでいた母)

ランチの後、オペラ座ガルニエ宮を見学。一人8ユーロなり。チケットブースの近くには、シルフィードの衣装が展示されてました。

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← ここはまさに「宮殿」で~す。金きらりん!

METなんか何てシンプルなんだろう、と思いましたわ。

大階段や客席だけでなく、書庫(台本や楽譜があるのだろうか?)も見学できて幸せでした。

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どこまでもゴージャスな客席

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シャガールの天井画の一部と天井桟敷。細かい所まで金ピカの彫刻が・・・。

オペラ座見学の後、裏手のデパートでお買い物。バーゲン中だったので、サンダルでも・・と思ったけど、残っているものからサイズや好みのデザインを探すのは難しく断念。夫はバッグを買っていた。は~、疲れた。

次回は旅行記最終回。パリ最後の半日です。

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そしてパリへ

フランス縦断グランドツアー 7日目

モン・サン・ミッシェル → パリ

朝ホテルをチェックアウトして、いよいよモン・サン・ミシェル見学。ホテルからは車で数分。海の中にモン・サン・ミッシェルだけに続く道路を走り、駐車場へ。

Pict0249 ちょうど大潮の日で満ち潮の時間帯だったので、すごい勢いで海水が押し寄せているのが見えた。昔はこの道路がなかったので、歩いてモン・サン・ミッシェルに向かう時に満ち潮にあって溺死した巡礼者もいたとか。「嘘でしょ~」と思っていたけど、こりゃ命の危険があるわ!と思いました。水鳥もシュワ~ッと流されていく。

狭い参道を登り、石段をまた上がり、やっと修道院内へ。モン・サン・ミッシェルはよくテレビで特集されているので既視感はあるだろうとは思ったけど、実際あったけど、でもその素晴らしさは減じることはなかった~。

海の上の大岩に708年(日本は飛鳥から平城京に都が移る直前ですね~)、オベール司教が礼拝堂を建てた事に始まり、10世紀(日本は平安時代)には修道院がもう建っていたとは・・・。増築を重ね、今の姿になるまでの模型を見ると、本当に「よく作ったね~(模型じゃないよ)」と思いました。

Pict0277 お昼には、ノルマンディの「海の幸盛り合わせ」、食べたっす。初めてRのつかない月に牡蠣を食べたけど、美味しかった! 夫はモン・サン・ミッシェル名物のオムレツ。ツアーパンフには、ここでこれを食べるのが重要なことのように書いてあるけど、人によって感想の差はあるみたい。夫が食べたのは、フツーでした。

ここに来て、ようやく大量の日本人観光客に遭遇した。今まであまり会わなくて、見てもツアー一団体分か私たちのような個人旅行の人たちだった。海外の観光地で日本人観光客を見ないと、何だか寂しい・・・。

それから、ノルマンディを後にして、一路パリへ。今度は高速道路ばかりで、トイレの心配もなく快適~!

フランスは高速道路が有料で割ととる。アメリカはほとんど無料だし、今は日本の方が安いんだわ~。料金所では、学生のアルバイトなのか、若い女の子が結構働いていた。キャミソール・ワンピの女の子が、「ボンジュール」とスマイルしてくれたら、料金徴収されても悪い気がしないというか・・・(←オジサン!?) 日本の料金所は、大体シルバー一色ですからな~。

何時間走っただろうか、遠くの方にエッフェル塔が見えてきた。パリの街は建築規制があって、あまり高い建物が建てられないはずなので、ここからはエッフェル塔しか見えない。(やや離れて、副都心のビル群)

ブーローニュの森からパリの街に入る。私は3回目のパリ。前回はちょうどエッフェル塔完成100週年だったので、塔に縦に「100ans」の電飾がついていたな~。

レンタカーはこの日返すので、ぐるっと街中を車で流す。夫も何回かパリには来ているので、時間もないこともあって、パリ・デビューの息子に凱旋門などの名所を車窓から見せる。いつか自分のお金で来なさいね。

すると、ある所でひどい渋滞に巻き込まれてしまった。四方八方から車が交差点に入り、青信号でも一台動くのがやっと。(夜のテレビニュースで知ったのだけど、どうもツール・ド・フランスのゴールがシャンゼリゼであったようで、交通規制があったらしい)

そこへ、有無を言わせず、強引にうちの車の前に入ってきたベンツ2台。借りていた私たちのレンタカーもベンツだったけど、どうもランクが違うピカピカ度。前の車(1号車と呼ぶ)の運転手は、特にギャング風でもないけど、一種独特の雰囲気で割り込むのが当然と言わんばかりの威圧感。後の車(2号車)もピッタリと1号車にくっついて、「運転うま~っ!」て感じ。

「なんか普通の人たちじゃないよね。警察とか軍人さんかしら」と夫としゃべっていたら、あまりの渋滞のひどさに業を煮やしたのか、2号車から男2人がおりてきた。目つきが鋭く、「エーベルバッハ少佐ってこんなん? いや、この人たち、金髪だから部下Zか」って思っていたら、1号車からアラブ系の女性2名が降りて、近くの高級ホテルへ歩いて行った。2号車の男たちは、女性の側にはりついて、すっごい周りをキョロキョロして警戒してました。オイルダラーの娘さんとボディガード達だったようです。にしても、あんなに執拗に周囲に警戒しなければいけないんですね~。

その後、警察官がどわ~っとやって来て、渋滞の整理をしてました。パリの警官は、ブーツ姿で軽快な感じ。(重量級な人が多いNYの警官とは、随分印象が違う)

次回は、ルーブルとオペラ座です。

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ロワール古城めぐり

フランス縦断グランドツアー 6日目

ロワール地方 → モン・サン・ミッシェル

この日も朝起きたら寒かった。フランス人も皆ウインドブレイカーなどを羽織っている。私も一日長袖。(昼間は一時太陽が出て暑い時間帯もあったけど・・)

ロワール地方は一時フランスの首都だった為、ロワール川流域に古城が点在している。ダ・ヴィンチのお墓があるアンボワーズ城やバレエ映画「オーロラ」のロケ地になったユッセ城にも行きたかったけど、何しろ時間がない。点在しているとは言っても、一つ一つが遠く離れていて、結構お城めぐりも時間がかかるのだ。

結局、ツアーにも必ず入っている有名なシャンボール城とシュノンソー城に行くことに。

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← シャンボール城近景(お城の中央部のみ)

1519年に着工して1658年に完成したフランソワ1世の狩猟用の離宮。ロワール流域のお城では最大級の立派なお城なのに、フランソワ1世が滞在したのは、わずか72日とな。(もったいない~)

塔がにょきにょき建っているけど、線対称に見えてそうじゃないところに騙し絵的な面白さがある。

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右の写真は、有名な主塔中央部にある二重螺旋の階段。登る人と下りる人がすれ違わない設計。使われている石灰岩はもともと脆い石なので、ところどころ崩れかけたのものを修復してあった。

次に、またまた田園地帯をかなり走って、シュノンソー城へ。

シュノンソーは女の城らしく優美なたたずまい。川の上に回廊をかけ、花咲く庭園が広がっている。現在修復中で、城の外壁の一部にネットがかけられ、足場が組まれているのが残念。

Pict0229 ← ディアーヌの庭園

シュノンソー城は代々女城主を頂いてきた城。有名なエピソードと言えば、アンリ2世の王妃カトリーヌ・ド・メディシスと王の愛人ディアーヌ・ド・ポワチエの確執だが、18世紀に城主だったルイーズ・デュパンは、ショパンの恋人ジョルジュ・サンドのお祖母さんだそうな。サンドはお嬢だったんだな~。(ショパンとサンドが田舎暮らしを楽しんだノアンも、ロワール地方)

森の中にある2000本のイチイが植えられたイタリア式迷路で、息子と私はシャイニングしてから、私たちはロワール地方を後にした。

車を北西に進路を取り、ノルマンディーのモン・サン・ミッシェルへ。

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夕方、海が近くなった頃、草原の遥か向こうにモン・サン・ミッシェルの姿が見え出す。モン・サン・ミッシェルの辺りは、背の高い建物がないので、かなり遠くからその姿が眺められる。うつくし~。

対岸のホテルにチェック・インして夕食を取ると、暗くなっていた。(緯度が高いせいで遅い時間も明るいから、旅行中はついつい目一杯行動して、夕食が遅くなりがち)

そのまま夜のモン・サン・ミッシェルに近づく。私たちは車で行ったけど、懐中電灯を持って歩いている人がかなり多くいる。対岸とモン・サン・ミッシェルをつなぐ唯一の道路の両側は海。街灯はなく、灯りは車のヘッド・ライトと歩行者の懐中電灯のみなので、ライトアップされたモン・サン・ミッシェルが荘厳に夜の闇に浮かび上がっている。

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ああ、麗しい!

(でも、すごく寒かった。胴震いした~。ジャケット持っていってたのに、肝心なところでホテルに置いてきてしまった。アホや~)

次回は、モン・サン・ミッシェル見学です。

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黄金の丘とトイレ探しの一日

フランス縦断グランドツアー 5日目

ボーヌ(ブルゴーニュ) → ブールジュ

朝目覚めたら寒かった・・・。暑い地中海近辺のプロヴァンスと違って、いきなり秋のような朝。昨日との気温の落差が激しい。

泊まったのは、ブルゴーニュ地方のピュリニー・モンラッシュ村。ボーヌの郊外でぶどう畑に囲まれた静かで美しい農村です。

ホテルは、ラ・メゾン・ドリヴィエ・ルフレーヴ( La Maison d'Olivier Leflaive )。ここが、今回の旅で一番張り込んだ宿です。とは言っても、パリの高級ホテルに比べたら、安いもの。オーナーはワイナリー経営者で、ホテルは趣味でやってるのかな? 12室ある客室は、色々なテーマ別に家具や内装を変えてあり、バスルームも凝っている。車がないと不便だけど、おススメです!

このピュリニー・モンラッシュ村(隅々まで本当に美しい絵になる村ですよ!)からボーヌまではぶどう畑の中の道路を走る。辺り一面まだ瑞々しい緑のぶどう畑のパノラマ~。ボルドーと並ぶワインの産地ブルゴーニュのこの辺りは「黄金の丘」と呼ばれます。収穫期には黄金色に染まるのでしょうかね。

この辺りの中心地ボーヌでは、15世紀に建てられた慈善病院オテル・デューを見学。当時の恐げな医療器具を見て、現代に生まれて良かった~と実感。

例によって、時間がおしているので、ランチを取った後、次の目的地ブールジュ(ベルギーのブルージュではありません)を目指して、進路は西へ。

このルートは高速道路がないので、普通の田舎道を走る。周りは森や牧草地がひろがり、のどか~。白い牛さん、こんにちは。しかしながら、ボーヌを出て数時間後、トイレに行きたくなった。先日までのプロヴァンスでは暑かったから、汗で排出できた水分が涼しいこの辺りではそうはいかないらしい。高速道路ではないのでサービス・エリアもなく、困り果ててしまった・・・。いっそ森に入って・・・とまで思い詰めた時、ちょっとした町を発見!

道路からすぐの大型店(トイザラス規模のおもちゃ屋さんや衣料品店)に入ったけど、どこも客用トイレがないとのこと。(日本やアメリカならあるのに~) 隣のチェーン店らしいホテルに駆け込み、フロントのオジさん(お兄さん?)に頼んだところ、「あそこだよ」と快く貸してもらえました。助かった~。帰りは思いっきり心の底から「 Merci beaucoup!!」と言ってきました。その後、道路からこのホテル・チェーンを見かける度に、拝んでました。

さて、午後3時半ころかな、ブールジュ到着。ここのお目当ては、世界遺産のサンテティエンヌ大聖堂。12世紀創建のゴシックの代表的建築だそうな。とにかく巨大。中のステンドグラスは13世紀のオリジナルのものもたくさんあって、実に素晴らしい。

Pict0183 せっかくだから塔に登ることにする。396段。前回のヨーロッパ旅行の時は学生だったので、よく教会に行けば塔に登ったけど、今回はどうか? 石造りの狭い螺旋階段をぐるぐる登っていくと、意外とくじけない自分を発見。柱の付け根にある彫刻(火を吹く龍や魔物)が全部違った意匠で面白い。

やっと塔の天辺に到着! ダンナが一番バテテた? 365度見回すと爽快爽快~。わりと手すり(柵)が低いので、転落しやすいかも。雨どいにも魔物の彫刻が施されているので、ちょっと身を乗り出して写真を撮っていると、夫が「そんな際に行かないでくれ~」。大丈夫だよ、これぐらい。

そうこうしていると、雨雲が近づいてきた。塔の上から見ると、雲の境界で、雨が降っている端っこが分かる。稲光も見えて、危ないから降りることに。最後に家族写真。私は髪の毛が強風で吹き上げられ、背景が不気味な雨雲なので、なんか魔女みたい。(絶対人には見せられません)

今晩のお宿は、トゥール近郊。やはり田舎道が続く。でも、フランスの田舎は綺麗。崩れかけた納屋でもなぜか美しいのだ。ウィリーが出そうなお墓も趣がある。

トゥールの町に入って、スーパーで朝ごはんなどを買出し。すると息子が「トイレ」と言い出した。巨大なカルフールだったのであるだろうけど、店内が広すぎて探しにくい。本当にトイレに悩まされる日だわ~。(泣)

フランス語が分からないので、早く回答が欲しい時は、単刀直入に英語で尋ねる事にしている。近くにいた警備員は尋ねても「英語? 俺だめ~」。でも、「誰か英語できる奴いるか?」と周辺の同僚に声をかけてくれて、何とかトイレの在り処を聞き出した。ものの、初めての巨大なお店で迷子になりそう。こちらの気持ちを察したのか、最初の警備員さんが「連れていってやるよ」と身振りで示し、トイレの前まで連れていってくれた。

事なきをえた息子を連れて、元の売り場に戻ると、さっきの英語が少しできる従業員のお兄ちゃんが、「やあ、行ってこれたんだね」という風に、微笑して目で合図してきた。皆様、「Merci beaucoup!」です~。ありがと~。

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プロヴァンス編 その3

フランス縦断グランドツアー 四日目

アヴィニヨン → ポン・デュ・ガール

アヴィニヨン郊外のホテルからアヴィニヨン旧市街へ到着。ここは世界史で習った「教皇のバビロン捕囚」の現場です。ワクワク~。

旧市街を延々と取り囲む堅固な城壁。少ししか残っていない街が多い中、これほど残っているとは・・・。余程しっかり作ったんでしょうね~。

期待感とは裏腹に、城壁の中に入ると、ゴミが散乱していて汚~い。有名な(らしい)国際演劇祭の真っ最中だったので、大勢人が集まっていたから? あちらこちらで扮装した人たちが気勢をあげて大盛り上がり。また革命でも起こすんかい?という雰囲気。

法王庁宮殿に入ると、別世界だった。14世紀7代にわたってローマ法王が居住した「アヴィニヨン捕囚」の堅牢な宮殿。広い! 今はちょっとだけ壁にフレスコ画が残っているだけだけど、当時はタペストリーとかで室内を飾って豪華だったでしょうね。入場料はオーディオガイド付きだったので、日本語でしっかり解説が聞けました。

中世の世界から足を踏み出し、もう一つの見所、サン・ベネゼ橋(アヴィニヨン橋)へ。暑いので、ちょっと歩くだけでバテそう。気温は32度ぐらい? 湿気が少ないので、大汗はかかないが、日差しがキリキリ肌に突き刺さるようだった。おまけに、石畳の石が丸石(そうか磨り減ったのか?)、サンダルの底が滑る滑る。歩きづら~い。

次は、車を西に走らせ、古代ローマの水道橋、ポン・デュ・ガール(ガール橋)へ向かう。

フランスは交通量が少ない交差点は、信号ではなく、サークルになっている。この方法だと、交差する道路に車がいないのに、赤信号で無意味に停まる必要がなく、「この方が停まっている時間が少なく効率的だ」と夫。昨日からプロヴァンスをちょこまか走っているけど、田舎なのでほとんどサークルだった。(単純に2つの道路が直角に交差している交差点の場合、サークルに入って半円回った出口で出る) ちなみに、パリの凱旋門もサークルになっているが、あそこは例外的に交通量が多いサークルなので、初心者には厳しい。

そして、世界遺産のガール橋到着! 実は私がここに来たくて、フランスを縦断することになってしまったのです。

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これも巨大で~す。

2000年前によくもこんなん作ったね。ローマ人は・・・。

高さ49メートルですから、大体ガンダムを3体縦に積んだ感じでしょうか。

一層目の上は自由に歩くことができますが、写真では人間が米粒のように見えます。

上層は水路で、実際5世紀もの間、生活用水を運んでいたそうです。

川では、沢山の人が泳いだり、ボート遊びをしたりして楽しそう。息子も川遊びをしたかったようだけど、この日はこの後300キロ近く北上してブルゴーニュまでたどり着かなければいけないので、10分だけ許す。

近くの町、ニームやオランジュにも有名な古代ローマの遺跡が残っていて行きたかったけど、時間的に無理。プロヴァンスを後にする。

高速道路を北へ北へ。プロヴァンスの明るい陽光、乾いた土壌やあちらこちらにある崖の上の城(要塞?)は、この地方独特の色彩に満ち溢れている。去るのが惜しい。

そうも言っておられず、車はフランス第三の都市、リヨンを通過。この街も世界遺産で、プロヴァンスの次はここに停まるツアーも多いのだが、行程の関係で私たちは足を止めない。

夜9時頃、ボーヌの郊外のホテルに到着。次の日は、ワインで有名なブルゴーニュ地方からです。(続く)

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息子はキャンプ&プロヴァンス編 その2

息子は今日から3泊4日のキャンプに出発~! 時差がまだ取れてないのに大丈夫か?・・・ 母は今朝4時起きだぜ~(もうヘロヘロ)

土曜日に行く世界バレエフェスBプロの前に、旅行記もかなり進むかと思われたけど、実際、キャンプのお手伝い(食材買出し、荷物チェックなど)で毎日出かけていた為、だめでした・・・。

気を取り直して、3日目の続き、アルルから。

アルルは古代ローマの遺跡とヴァン・ゴッホの町。ここも素敵!

まずは、世界遺産の古代ローマの闘技場に行く。(ローマのコロッセオより古いそうな) 入場券売り場に並んだものの、列が進むのがすごく遅い。やっとチケットブースが見えたら、「本日5時から闘牛」と書いた英語の張り紙が。

チケット売りのおばさんは、観光客に説明し続けるのにキレたらしく、いきなり立ち上がり、「今日はフリーよ! フリーッ!!」と叫んだ。闘牛まで1時間をきっていたので、闘技場の見学が無料になったらしい。

息子が「絶対闘牛を見る!」というので、時間もおしていたけれど、見ることに・・・。これも縁なり。

闘牛のチケットを買い、さらっと闘技場の見学をする。闘技場は修復中で、一部壁が白くなっていた。元はこっちの色?

闘牛の前に、ゴッホの「夜のカフェテラス」のモデルとなったカフェ・ヴァン・ゴッホ、アルル郊外にあるゴッホが描いた跳ね橋(復元)などを見学。

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そして、闘技場に戻って闘牛鑑賞。見てから気づいたのだけど、アルルのはスペインの闘牛とは違っていた。

10人くらい白いトレパン姿のお兄さんが出てきて、牛を挑発して自分を追いかけさせ、追いつかれる寸前に場外に逃げる、というもの。端的に言うと、10人の男と一頭の雄牛の追いかけっこですな。スリリングだけど、スペインのように華麗な衣装のマタドールが、雄牛から身を翻すだけで場外に逃げない方がハラハラ度は大きいだろう。(9月にスペインのマタドール某氏がアルルに来るそうです。激闘シーンのポスターが貼ってありました)

そうそう、この闘技場のトイレが変わっていた。見慣れた洋式便器でなく、和式のようにしゃがむ姿勢で使う。(形は日本の物と違う) 映画「ショコラ」で登場人物が見慣れない物を掃除をしているシーンがあって、しばらくしてからトイレだと分かったのだけど、確かこれだ! 「ショコラ」も南仏が舞台だったっけ。 これが伝統的なトイレなのかしら?

闘牛で予定がかなり狂ったけれど、あきらめず次の目的地、フォーンテーヌ・ド・ヴォークリューズに向かう。

ここはリュベロン地方の一つの村。リュベロン地方は、個性的な素敵な村が点在していて、ツアーのパンフを見ても、旅行社によって連れて行く村が違う。

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私たちが目指した村は、その名の示す通り、源泉から流れ出る透明な水が川となって村を貫いており、非常に美しい。地球の歩き方もリュベロンのすべての村を掲載できないのか、ここは載っていなかった。

村には高台に城砦も残り、この情緒たまりせん~。

10分ほど坂道を上ったら、サント・ヴィクトワール山のような白い山(崖?)の麓の源泉に着く。洞窟のようで、何やら神秘的な雰囲気でした。

Pict0097  源泉→

(4日目に続く。次回はアヴィニヨン)

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プロヴァンス編 その1

フランス縦断グランドツアー 三日目

エクス・アン・プロヴァンス → アルル → フォンテーヌ・ド・ヴォークリューズ

この日からプロヴァンス2日滞在です。

前日、コート・ダジュールからプロヴァンスに入り、エクサン・プロヴァンス郊外のホテルに泊まりました。初日のニースから連続3泊、町は違えど同じホテル・チェーンなんですが、どこもフロント近くに子供の遊びスペースが設けてあって、コンピューター・ゲーム(? プレステみたいなやつ)が置いてありました。息子は大喜び!

ニースのホテルですっかり味をしめた息子は、ここでも朝身支度を整えると、「ゲームしてくる!」と行ってしまいました。でも、すぐしょげて帰ってきて、「電源が入ってない~」 ホテルも、きっと朝から子供が遊びにくるとは思ってないでしょう。

朝ごはんが終わり、息子はもう一度ゲーム機の所へ行くとのこと。私たちはチェックアウトの準備で忙しいので、「ゲームをしたいので、システムを立ち上げてください」という言い方を父から英語で教わり(←ゲームしたいから必死で覚える)、一人で再トライ。

私たちがチェックアウトの為にフロントに行くと、息子はフランス人の兄弟と3人で仲良くゲームしていた。フロントのお姉さんにも無事英語で言いたいことが伝えられ、フランス人の兄弟とは「Oh!」とか「Ah!」で事足りたらしい。(その熱意で、すべてに取り組めっ! 母)

そして、幸せな時間を過ごした息子を連れ、私たちはエクス・アン・プロヴァンスの町へ。

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エクスはかってプロヴァンスの都だった町。非常に美しい。ここも旅行パンフやガイドブックでは必ず訪れるべしと書かれているのだが、「本当に?」と思っていた。本当でした!

上の写真のような泉が100個ほど町にあるとか。ちなみに、写真のおじさんは泉で雑巾洗ってます・・・・。(涙)

またここは、セザンヌの生きた町。郊外のアトリエにも行きました。彼が書き続けたサント・ヴィクトワール山も神々しい。実物に絵よりも感動!(セザンヌ、ごめん)

次に、アルルへ向かう。(続きます)

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麗しきコート・ダジュール

フランス縦断グランドツアー 二日目

ニース → エズ → モナコ

空港近くのレンタカー屋さんで車をピックアップ。同時に予約しておいたカーナビをつけて、ニースの街に出発!

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 ニースの海岸。地中海の青。(左写真)

ニースは昔から欧州の王侯貴族に愛されてきたリゾート地。趣のある建物や美しい公園がいまなお魅力的です。007がスパイ活動の合間に美女と戯れていそうな雰囲気(?)あり。シャガール美術館は時間がおしていたので、あきらめる。

海岸沿いの道路を東に向け、エズに向かう。地中海を臨む山肌には豪邸ばっかり。岬めぐりは豪邸めぐりでもあった。右手に青い地中海。左手に豪邸。

ほどなくエズ到着。旅行パンフには必ずこの村が入っているのだけど、「そんなに良い所なの?」と疑問に思っていた私。・・・良かったです! 小高い断崖にへばりつくような鷹の巣村。狭い路地がうねうね続き、両側にレストランやお店が並ぶ。頂上は公園になっていて、そこからの地中海の眺めが最高。

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エズを歩く(右写真)

エズ見学の後、モナコ公国へ。フランスとの国境はあっけなく道路に線が一本引いてあるだけ。(だったと思う)

モナコはお金持ちが沢山住み、また遊びにくる街なので、いたるところに警官がいる。治安はとても良い。夏場は普通の観光客が多いのでそう目立たないが、普段はベンツやBMWがかわいく見えるほど高級車が多いらしい。

ダンナがF1のコースを走りたいと言うので、走らせる。ヘアピンも上から下へ、下から上へ。ニースと違って高層の建物が多いので、その狭間を縫うようにしてクネクネ走るのは、普通の速度でもなかなか面白い。

例のフランス在住経験のある友人のお勧めにより、山手に上がってモナコの街を見下ろせる所に行く。写真を撮っていると、横で近所のおじさんたちがペタンクをやっていた。シルヴィ・ギエムのドキュメンタリーでも出てきた南仏辺りのゲートボール。

暑いので(でも乾燥しているから汗は出ない)、ル・カジノ・ド・モンテカルロ前のカフェでお茶。ジェイムズ・ボンドがスパイ活動し、ルパン三世が盗みに入った、このカジノの設計はシャルル・ガルニエ。パリ・オペラ座ガルニエ宮と同じ設計者で~す。

今晩の宿は遠いので、大公宮殿なども遠くから写真やビデオに撮っただけでモナコとはサヨナラ。車はカンヌなど通り抜け、一路プロヴァンスへ。(私と子供は途中から熟睡) エクス・アン・プロヴァンスの郊外のホテルに夜遅く到着。翌日からはプロヴァンスです。

(続く)

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フランス行ってきました!

7月20日から29日まで、フランス縦断グランドツアーに行ってきました。レンタカーで走った、走った~。(運転はダンナ)

フランスに住んだことのある友人に話したら、「広くて大変だよ~」と言われたものの、以前車でアメリカ横断したことがある私達は、「なんの」と思ってました。しかしながら、フランスも広かった・・・。かなり強行軍になってしまって、見学とかお買い物とか少し犠牲になってしまった面もあり。

第一日目。成田からパリ乗り継ぎニース(夜着)

私と息子は、海外に出るのは03年に帰任してからだから、6年ぶり。JALの機内サービスはますます悪化していた。徹底的にコスト削減してますな。乗って最初に出るおつまみとドリンク・サービスは廃止。機内食は量が少なくなってるし~。

(特記:出発前に、息子のアレルギー対応機内食の件では、JALの方に親切に色々調べて頂いて、大変お世話になりました)

出発前に十分ガイドブックを読む時間がなかったので、数時間熟読してしまった。なので、沢山見たい映画があったのに、1本だけしか見られなかった。(「ワルキューレ」 背筋のピンと伸びたドイツ軍人役トム・クルーズ。美しい・・・) 「うそっ? もう着いた!?」という感じで、パリ、シャルル・ド・ゴール空港到着。(NYより随分近く感じる)

ニースへのエール・フランス便は、パリのもう一つの空港であるオルリー空港発なので、シャルル・ド・ゴールからバスでオルリーへ移動。オルリーは、20年ほど前の学生時代、ここから日本に帰った思い出の空港。(安い航空券だったので、南回りでした~)

なぜこんな面倒くさいことをするかというと、このオルリー発の飛行機が激安だったのさ。はっきり言って長距離バスの運賃?というぐらい。TGVには勝ったはず。エアフラは飛行機を回送したかったから、投売りしたのかしら?

こちらは中型機だったけど、お客はとても少なくガラガラ。(絶対回送目当てだ) 降機の際、キャビン・アテンダントだけでなく、パイロット達もコクピットから出てご挨拶。皆さん、ハンサムでにこやかでとても素敵!!!

その夜は遅かったので、ニースの空港ホテル泊。翌日はレンタカーを借りて、ニースの街に出ま~す。

(続く)

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箱根のユネッサンへ

昨日(春分の日)は、箱根にあるスパ施設(?)ユネッサンに行ってきました。

宣伝もよくやってるので、いつかは行こうと我が家でも言っていたのですが、昨日のような一日だけのお休みは人が少ないだろうと夫が言うので行ってきました。(子供は卒業式の関係で連休)

11月に箱根に行った時のあの付近の交通渋滞(地理的な問題があって、箱根は昔から交通の難所です~)を思い出すと、ぞっとしてました(運転してないくせに~)が、昨日はとても道路が空いていました。同じ場所とは思えなかった~。

ユネッサンは水着着用の温水プールのゾーンと、男女別の普通の温泉(でも加水しているのでお風呂?)の複合施設。温水プールには、古代ローマ風、トルコ風、和風など色々なデザインのプールがあって楽しめました。

私は、ドクター・フィッシュが一番良かったな~。知っている方も多いでしょうが、暖かい水に生息できる何とかというお魚(名前忘れた・・・)が、人間の足の皮膚に吸い付いて、古い角質(?)とかを取ってくれるそうです。円形のトルコ風呂に15~20名ほどの人(入れ替え制)が足をつけると、金魚ぐらいのサイズの小さな魚が寄ってきてチュパチュパ。くすぐったいけど、気持ちいい~! 子供たちの足にはあまり魚が行かないようなので、やっぱり足がきれいなのかな。水虫を食べたお魚はどうなっちゃうんだろ~、と心配もしてしまうのですが。

死海風呂はその名の通り、塩分が多いお風呂。体がプカプカ浮くけど、皮膚の弱い人や傷がある人には拷問風呂となってました・・・。ここはお風呂上りにシャワーをあびて塩分を落とさなければいけないんですが、シャワーが一基壊れていて、シャワー待ちの列が出来てましたね。シャワー、早く修理して! 肌の弱いうちの息子も泣き叫んでいました・・・。

タイルとかもきれいに貼ってあって、それぞれのお風呂のデザインは素敵です。床に敷き詰められた小石が、私の足裏には痛かった。健康に良さそうだけど。

別の水着ゾーンでは、変り種のワイン風呂とかお茶のお風呂とかあって、まあ面白いといえば面白い。

ネット上の書き込みを見ると、入場券窓口やお風呂の洗い場が長く待たされるという声もありましたが、昨日は混んでなかったのか、そういう事はありませんでしたね。子供は大喜びで、一日遊びまくってましたよ。(昼食バイキングのチョコの噴水にも大喜び→食べまくり・・・)

ただ、寒かった! 館内は水着でいられる温度に暖房してあるそうですが、濡れた水着を身に着けていると、どうも体が冷えて仕方なかったです。ユネッサンといえば、「寒かった~」というイメージが今後も私の記憶についてまわりそう。

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